大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 平成6年(行ケ)283号 判決 1996年6月18日

アメリカ合衆国

マサチューセッツ州 02745 ニューベッドフォード ベルヴイル アベニュー

(番地なし)

原告

アクシュネット カンパニー

同代表者

ウォルター アール ウィーレイン

同訴訟代理人弁理士

柳田征史

佐久間剛

東京都千代田区霞が関3丁目4番3号

被告

特許庁長官 清川佑二

同指定代理人

紀俊彦

上野忠好

幸長保次郎

関口博

主文

特許庁が平成5年審判第19706号事件について平成6年7月21日にした審決を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第1  当事者の求めた裁判

1  原告

主文と同旨の判決

2  被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第2  請求の原因

1  特許庁における手続の経緯

原告は、1987年4月27日付けの米国特許出願第43218号に基づき、特許法43条1項の規定による優先権の主張をして、昭和63年4月27日、名称を「多数ディンプルゴルフボール」とする発明につき特許出願(昭和63年特許願第105354号)をしたが、平成5年8月4日拒絶査定を受けたので、同年10月8日審判を請求し、平成5年審判第19706号事件として審理されたが、平成6年7月21日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決があり、その謄本は同年8月22日原告に送達された。

2  本願の特許請求の範囲の請求項第1項の記載

ディンプルがゴルフボールの全表面の少なくとも約78%を超える部分を覆い、少なくとも2つの異なるディンプル径を有する円形ディンプルを備えたことを特徴とするゴルフボール。

3  審決の理由の要点

(1)  本願の発明の要旨は、特許請求の範囲の請求項1ないし請求項7に記載されたとおりのものであり、その請求項1に記載されたものは前項記載のとおりである。

(2)  これに対して、本願出願の優先権主張日前に米国において頒布された米国特許第4346898号明細書(1982年8月31日特許、以下「引用例」という。)には、「表面には複数の表面凹みを有し、その凹みの各々は、0.020インチから0.080インチまでの範囲の表面直径を有するパッティングストロークを正確にするためのパッティングゴルフボール」(第4欄、特許請求の範囲第1項)、及び「該凹みが、ボールの全表面の20%から90%までを覆う」(図第3項)ことが、図面と共に記載されている。

(3)  そこで、本願の請求項1に記載された発明(以下、単に「本願発明」という。)と、引用例に記載されたものとを対比すると、引用例に記載された表面の凹み、表面直径は、本願発明においては、それぞれディンプル、ディンプル径に相当するから、引用例に記載されたものは、複数の異なるディンプル径を有することを考慮すると、両者は、ディンプルがゴルフボールの表面を覆い、少なくとも2つの異なるディンプル径を有する円形ディンプルを備えたゴルフボールである点で一致している。ただ、<1>本願発明が、ディンプルがゴルフボールの全表面の少なくとも約78%を超える部分を覆うのに対し、引用例記載のものは、ディンプルがゴルフボールの全表面の20から90%までを覆う点、<2>引用例に記載されたものが、特にパッティングに用いられるパッティングゴルフボールである点、の各点で両者は相違する。

(4)  そこで、上記各相違点について検討する。

<1> 相違点<1>について

(a)本件審判請求人(原告)は、引用例に記載されたものについて、原審における意見書において、「引例1のゴルフボールは、ゴルフボールの全表面の約78%以上を覆うディンプルを有するものではありませんし、引例1にはこの“約78%以上”という数値の重要性についても全く示されておりません。」(第4頁7行ないし11行)と主張しているが、引用例には、ディンプルが全表面の20から90%を覆うゴルフボールが記載されているから、本願発明に係るゴルフボールのうち、ディンプルが全表面のの78%以上から90%までの範囲を覆うゴルフボールについては、引用例には記載されているということができる。そして、「約78%以上」という数値について、本願明細書には、「ゴルフボールの表面のうちディンプルで覆われた部分の合計が全表面の78%を超えると、5番アイアンで打った時もドライバーで打った時もキャリーと飛距離が両方とも実質的にのびるということを発見した。」(第9頁20行ないし第10頁4行)と記載されているにとどまるから、(b)かかる記載をもって、該数値の根拠及び臨界的意義について記載されているとすることはできない。それ故、本願発明における該数値は、引用例に記載されたディンプルがゴルフボールの表面を覆う範囲、即ち20から90%までの範囲のうちで、所期の目的に適う最も効果的な範囲の数値の下限値のみを、単に見い出したということであって、該数値自体が格別の技術的な意味を有するとすることはできない。したがって、ゴルフボールにおいてディンプルで覆われた部分の合計を「約78%を超える」と規定することは、当業者が、引用例に記載されたものから容易に考えることができた程度のことということができる。

<2> 相違点<2>について

(a)引用例に記載されたものは、パッティングを正確にするため、即ち狙い目どおりにパッティングをするためのパッティングゴルフボールであるところ、本願発明は、5番アイアンで打った時もドライバーで打った時も共に飛距離が向上するためのものであり、パッティングゴルフボールは意図してはいないものの、(b)狙い目どおりに打てるボールを提供することも本願発明の目的の一つとしていることは明らかであるから、この点においては、本願発明と引用例に記載されたものとは、共に同じである。してみれば、引用例に記載されたパッティングゴルフボールを、狙い目どおりに打つために、パッティング以外のゴルフボール例えば5番アイアン又はドライバーで打つときに用いてみることは、当業者にとって格別困難なこととはいえない。

<3> そして、上記各相違点に基づく本願発明の効果は、それらを総合的に判断しても、予測される効果以上のものを奏するとは認められない。

(5)  したがって、本願発明は、引用例に記載されたものから当業者が容易に発明をすることができたものといえるので、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。

4  審決を取り消すべき事由

審決の理由の要点(1)ないし(3)は認める。同(4)<1>(a)は認める。同(4)<1>(b)は争う。同(4)<2>(a)は認める。同(4)<2>(b)は争う。同(4)<3>、同(5)は争う。

審決は、相違点<1>及び<2>についての判断、本願発明の効果についての判断をいずれも誤り、かつ、特許法159条2項、50条の規定に違反してなされたものであるから、違法として取り消されるべきである。

(1)  相違点<1>についての判断の誤り(取消事由1)

本願発明は、ゴルフボールの表面のうちディンプルで覆われた部分の合計が全表面の78%を超えると、5番アイアンで打った時もドライバーで打った時もキャリーと飛距離が共に実質的に伸びるという効果をもたらすものであるから、上記78%というのは臨界的意義を有するものである。

したがって、相違点<1>についての審決の判断は誤りである。

(2)  相違点<2>についての判断の誤り(取消事由2)

「5番アイアンで打った時もドライバーで打った時も共に飛距離が向上するようにすること」と、「狙い目どおりに打てるボールを提供すること」とは、前者は飛距離に関わること、後者はパッティングラインの正確さに関わることであって、全く技術的に関係のない、本質的に異なることであり、本願発明は、「狙い目どおりに打てるボールを提供すること」を目的とはしていない。

したがって、上記の点を目的としていることを前提とする相違点<2>についての審決の判断は誤りである。

(3)  効果についての判断の誤り(取消事由3)

相違点に基づく本願発明の効果、即ち5番アイアンで打った時もドライバーで打った時も共に飛距離が向上することは、パッティングラインの正確さを求めたゴルフボールを開示しているにすぎない引用例からは全く予測され得ないものである。

したがって、各相違点に基づく本願発明の効果は予測される効果以上のものを奏するとは認められないとした審決の判断は誤りである。

(4)  特許法159条2項、50条違反(取消事由4)

審判官は、拒絶査定の理由と異なる理由により、本件審判請求不成立の審決をしようとしたにもかかわらず、原告に意見を述べる機会及び明細書の補正の機会を与えなかったものである。

第3  請求の原因に対する認否及び反論

1  請求の原因1ないし3は認める。同4は争う。審決の判断はいずれも正当であり、また、審判手続に原告主張の違法はない。

2  反論

(1)  取消事由1について

ゴルフボールの飛距離はゴルファーの技術的要因が大きく影響することは周知であり、本願明細書に記載されたディンプルについての数値自体が不明確である(例えば、「約78%を超える」、「78%を超える」及び「78%以上」)ことを併せ考えると、本願発明における該数値は、引用例に記載されたディンプルがゴルフボールを覆う範囲、即ち20%から90%までの範囲のうちで、所期の目的に適う効果的な数値範囲の下限値を、単に見いだしたという程度のことであって、該数値自体が格別顕著な技術的意義を有するものとすることはできない。

(2)  取消事由2について

練習用ゴルフボールとコース用ゴルフボールとは、ボールの用途からみて、材質や製造工程における仕上がり工程の有無等、製造コスト面における違いはあると考えられるものの、ディンプルの形状、大きさ及びそれが全体に占める面積等については両者間に差があるとはいえず、両者とも打った時に同じ弾道を描くことを理想としていることは明らかである。

してみれば、明細書に明記されているか否かはともかく、本願発明は、引用例に記載された練習用ゴルフボールと同様、狙い目どおりに打てるゴルフボールの提供をもその発明の目的としているというべきである。

(3)  取消事由3について

引用例に記載されているパッティング練習用ゴルフボールをコース用ゴルフボールとして用いることは格別の創意工夫を要することとはいえず、それにより奏される効果も当然に予測される程度のことである。

(4)  取消事由4について

審判手続において、平成4年4月15日付けで、本願明細書の請求項1に記載された発明に対して特許法29条2項の規定に基づく拒絶理由がすでに通知されており、原告に意見を述べる機会及び明細書の補正をする機会を与えているから、審判手続において、再度、同じ引用例でもって同じ拒絶理由を通知する必要性はなく、特許法158条の規定に徴しても、原告主張の違法はない。

第4  証拠

本件記録中の書証目録記載のとおりであって、書証の成立はいずれも当事者間に争いがない。

理由

1  請求の原因1ないし3、及び、審決の理由の要点(1)ないし(3)については、当事者間に争いがない。

2  まず、取消事由4の当否について検討する。

甲第4号証ないし第7号証によれば、本願出願に対し、特許庁審査官は原告に対し、平成4年4月15日付け拒絶理由通知書により、特許請求の範囲の請求項1に係る発明について、<1>米国特許第4346898号明細書(引用例)及び特開昭62-79073号公報を引用して、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない旨、及び、<2>先願である特願昭62-31611号(出願公開された優先権を伴う特願昭62-280826号)の存在を理由として、同法29条の2の規定により特許を受けることができない旨の拒絶理由を通知したこと、原告は、上記各拒絶理由について意見を述べるとともに、手続補正書を提出したこと、特許庁審査官は、請求項1に係る発明につき上記<2>の拒絶理由により拒絶査定をしたこと、の各事実が認められる。

そして、審決が本件審判請求不成立とした理由が、引用例の記載を根拠に本願発明は特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとしたことによるものであることは、前示審決の理由の要点のとおりである。

上記のとおり、請求項1に係る発明について拒絶査定の理由と審決の理由は異なっている。

しかし、審査における手続は審判においてもその効力を有するものであるところ(特許法158条)、上記のとおり、審査段階で原告に対し、審決の理由と同趣旨の拒絶理由についても通知されていること、及び、特許法159条2項において準用される同法50条の規定が設けられた趣旨に照らすと、拒絶査定と異なる理由による審決をする場合であっても、すでに通知してある拒絶理由と同趣旨の理由により審決をする場合には、改めてその旨の拒絶理由通知をする必要があるとは認められない。

したがって、本件につき改めて拒絶理由通知をしなかったことをもって、審決には特許法159条2項、同法50条の規定に違反する手続上の違法があったものとすることはできず、取消事由4は理由がない。

3  次に、取消事由2の当否について検討する。

引用例に記載されたものは、パッティングを正確にするため、即ち狙い目どおりにパッティングをするためのパッティングゴルフボールであること、本願発明は、5番アイアンで打った時もドライバーで打った時も共に飛距離が向上するためのものであり、パッティングゴルフボールは意図していないことについては、当事者間に争いがない。

ところで、審决は、相違点<2>についての判断の前提として、狙い目どおりに打てるボールを提供することも本願発明の目的の一つとしていることは明らかであるから、この点においては、本願発明と引用例に記載されたものとは共に同じであるとしている。

しかし、本願明細書には、狙い目どおりに打てるボールを提供することも本願発明の目的の一つであるとの記載はないし、このことを示唆するような記載もない。

被告は、練習用ゴルフボールとコース用ゴルフボールとは、ディンプルの形状、大きさ、及びそれらが全体に占める面積等について差があるとはいえず、両者とも打った時に同じ弾道を描くことを理想としていることは明らかであるとして、本願発明は、引用例に記載された練習用ゴルフボールと同様、狙い目どおりに打てるゴルフボールの提供をもその発明の目的としているといえる旨主張している。

ゴルフ競技の性質上、競技者のできるだけ意向に沿ったような打球の方向性を実現できるゴルフボールの提供が望まれるものとは考えられるが、本願発明が特に狙い目どおりに打てるゴルフボールの提供をその目的としているとは認められない。

そして、パッティングとパッティング以外の例えば5番アイアンやドライバーで打つ場合とは、打球の弾道や要求される方向性の正確さにおいて同様のものということはできないから、引用例に狙い目どおりにパッティングをするためのパッティングゴルフボールが記載されているからといって、このゴルフボールを例えば5番アイアンやドライバーで打つときに用いてみようとすることが容易に想到し得ることであるとは認められない。

したがって、相違点<2>についての審決の判断は誤りであり、原告主張の取消事由2は理由がある。

そして、上記誤りが審決の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから、その余の取消事由について検討するまでもなく、審決は違法として取消しを免れない。

4  よって、原告の本訴請求は理由があるから認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例